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ノリクムの聖セヴェリノ証聖者   St. Severinus C.   記念日 1月 8日


 天主はしばしば大いなる艱難の時に聖人を遣わして、之を人民の霊的指導者とし、彼の鑑と行いに由って彼等を滅亡から救いその肉身上または霊魂上の悩みを和らげ、その信仰道徳を或いは保ち或いは堅固にしようとなさる事があるが、聖セヴェリノもやはりかような選ばれた一人であった。
 時は5世紀の中頃、今のオーストリア地方が四方から蛮族の侵入を受け、非常な危機に直面していた時の事、突然天使の如く出現して、言葉と行いを以て人々に苦行と愛とをすすめ、また絶えざる努力に依って遂に今のオーストリア、当時のノリクムを蛮族の手から救ったのが彼セヴェリノであったのである。然しこの聖なる司祭が何処で生まれたか、彼の故郷がどこであったかという事は、残念ながら知られていない、ある時それに就いて人が彼に尋ねると、彼は唯「天主の僕にとっては故郷や血統の話が何の役に立つでしょう。そんな事は寧ろ黙っていたい。そうすれば危険な自慢話の罪にも陥る心配がありません。自惚れたり自慢したりしない人であって始めて、善い事を行う資格がある。そしてそういう人なら天主の御助けによってどんな善業でも成し遂げる事が出来るのです。私にはただ天国の人民の一人になりたいという外に、何の望みもない。この世の生まれ故郷などは問題ではありません」と答えたという。僅かに判明しているのは、彼が暫く東洋に移住していたことがあるという一事である。
 セヴェリノはその厳格にして聖なる生活振りに依って、すべての人の尊敬をあつめた。彼は厳寒の候にも常に裸足であった。食べ物は一日の中に一掴みほどもとらぬ事さえしばしばあったそうである。その服装は見窄らしく、そのささやかな庵は葦と粘土で造ったものに過ぎなかった。然し彼は大抵留守がちで、処々方々を経廻っては、人々に祈りや、償いや、慈善を説き勧めたのである。そして自分の為には何一つ求めなかったが、貧困の人々の為にはいつも施しを願う事を怠らなかった。
 天主を忘れ、贅沢の限りを尽くし、罪悪の生活に耽溺している富豪たちには、誠心から改心して償いをするように勧めた。たまたまその言葉に耳をかさぬ者があると、彼は天主の正義の罰の恐ろしさについて語るのであった。これは如何なる場合にも効果のない事はなかった。
 かようにして聖司祭セヴェリノに対する尊敬はいよいよ高まり、もはや彼の訓戒に反抗を敢えてする者もないようになった。彼は至る所にキリスト教の祝福をもたらし、肉身上の慈善事業を行った。というのは、病める者を癒し、貧しき者を窮乏から救ったのである。彼は誰にでも慰めを与える愛深い父であった。彼がどれほど人々に愛されていたかは、いつも多くの家の間に彼を泊める為争いが起こったといういう事でも知れる。それは彼の滞在している家は、内外の敵から守られて、常に平和であるからであった。人々は彼の祝福を受け、またその祈りに依って病気を癒して貰う事を望んで、遠路も厭わず訪ねて来るのであった。
 ある時、もう12年も苦痛の激しい病を煩って、全く手足の利かない青年が、車に乗せられ母親に付き添われて聖人の所へ来た。
 「どういう御用ですか?」彼がこう言って尋ねると、母は是非せがれを治して下さいと熱心に頼むのであった。すると敬虔なセヴェリノはそれに答えて言った。
 「それは私には出来ません。それがお出来になるのは唯天主様だけです。が、一つよい事を教えてあげましょう。貴方は精を出して貧しい人々に施しをなさい。そうすれば天主様はきっと貴方を憐れんで下さいましょう」
 ところがその女は、あいにく施すべき物を何一つ持ち合わせていなかったので、自分の上着を脱いでそれを聖人に差し出した。セヴェリノは相手のよい心がけを見抜いて、「その着物は着ていてよろしい。その代わり家へ帰ってから忘れずに施しをするのですよ」と言い聞かせ、それから祈りを献げると、たちまちその病人は全治したそうである。これはほんの一例に過ぎないが、彼の祈りの力の偉大さを示す話は外にもまだ沢山にある。彼は西暦482年1月8日帰天した。それを伝え聞いた国民は、誰一人この聖人の死を悼まぬ者はなかったという。

教訓

 この聖人の生涯から我等は何を学ぶべきであろうか。我等も彼のように人々に喜びを与える者となり、たとえ小さな事に過ぎずとも、隣人に対して必ず日に一善を行うように心がけよう。それは例えば貧しい人を助ける事でも、悲しんでいる人を慰める事でも、また悩んでいる人を祈りによってよそながら力づける事でもよろしい。というのは主イエズスも「我誠に汝等に告ぐ、汝等がこのいと小さき兄弟の一人に為したる所は、事毎に即ち我に為ししなり」と仰せられたからである。